09.測量集成
「測量集成」は黒船を測量することによって順天堂塾の高度な測量技術を世間に紹介するのと同時に、黒船の脅威を知らしめた。 自序に次のように記されている。 「天を測り地を量すは、経世の用務にして言を待たず。軍務の用又これをもって急となす。然れども天を測るの術、その理難解にして、法又大いに難なり。… 洋艦近海に出没その情測るべからず。中略 則ち我れその碇泊の遠近、艦舟の大小、飛砲の伸縮を知らんが為、一器を発明、急務の用に供す…」 この理軒の発明した測量器は経緯儀といった。一方、測量の為の量地儀は、既にその数年前に理軒の手によって造られていた。量地儀を駆使し各地を測量した実績によって、新たに経緯儀を発明したのであった。 「測量集成」の本文中に次の様にある。 「嘉永六年六月相州浦賀へ入津せし亜美理加船四艘の内フレカット二艘、又同年七月西肥長崎へ入津せし魯西亜船フレカット及びコルフェット」 ここに黒船の大きさ、人員数、砲門、構造などの説明が記されている。 前号で触れたが、「測量集成」は時代の最先端を行く書物であった。新しい知識がこの一冊に凝縮されており、順天堂塾からこの書物が出版された事によって、塾はその名を高め、多くの門下生が新しい学問を学びに集まった。
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