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お知らせ

高2海外研修報告-タイ-
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お知らせ

高2海外研修報告-タイ-

タイの海外研修組の生徒20名は、平成30年7月23日から8月6日まで、14泊15日の日程で行ってきました。(報告書PDFはこちら)

タイ研修の行程は、大きく5つに分けられます。1つ目は、山岳民族の村でのホームステイ。2つ目は、タイ第2の都市チェンマイでの児童養護施設訪問。3つ目は、パヤオの学校交流と首都バンコクでのホームステイ。4つ目は、観光です。今回の行程は、国境の町メーサイから、山岳民族の住むチェンライに行き、パヤオ ピッタヤーコム校で交流、チェンマイに移動してNGOを見学し、バンコク チットラダー校でホームステイ、最後にアユタヤで世界遺産を見学して帰国しました。では、行程に沿って簡単に報告をしていきます。

(手前がタイ・奥がミャンマー)

最初は、国境の町メーサイのゴールデントライアングルといわれる地域の見学です。この場所の国境は名前でもわかるように三カ国のタイ・ラオス・ミャンマーの国境です。日本には陸地続きの国境はありませんので、陸続きの国境は興味深いものでした。この地域は麻薬(ケシ)の密造で有名で、麻薬が金と同じように高額で取引されることから名付けられた名前になっています。タイ王室プロジェクト(麻薬撲滅など)による代替などで野菜やコーピーなどを栽培するようになってきているのですが、現在でもお米や果物より麻薬の方が儲かるので、犯罪だとわかっていても手を出す人が後を絶たないそうです。もっと農業を頑張ってほしいと現地スタッフのダイエーさんは言っていました。(ダイエーさんは、山岳少数民族の一つのラフ族で、若いときに国籍を取得し日本で農業の勉強をしています。日本で農業を学んだあとNPO法人を立ち上げその技術を山岳民族の方々に教えることで村の活性化を支えている人です。)

 

パヤオにあるピッタヤーコム校ではます会議室でお互いの自己紹介および学校間の記念品交換を行いました。そして日本語専攻の生徒のバディーと顔合わせを行ったあと、一緒に日本語を活用したオリエンテーリングを行いました。普段使っている日本語を教える難しさを身を持って体験しました。午後には、会場を移しお互いの学校からの出し物を披露しました。交流終了後、私たちの研究テーマについての質問をピッタヤーコムの生徒に挙手で解答してもらう方法で行いました。これ以外の質問も、事前にピッタヤーコム校の先生にお願いをしてありました。回収枚数はなんと180枚以上です。記述形式の部分も少しあったのでタイ語を日本語に訳すのが大変そうです。

 

次は、山岳少数民族について学ぶためダイエーさんが作った研修農場での研修です。山岳少数民族は焼き畑農業を行っていたため移住をしながら生活していました。タイの政策で焼き畑が禁止になり麻薬などの栽培に手を出す村もありました。そこで、ダイエーさんは自分が学んだことを村の人に教え、安定した生活を送ることができるようにを研修農場を作りました。また、山岳民族の多くはタイ国籍(国籍自体を持っていない)を持っていない人が多かったので、子どもたちが町の学校に通えるようにして欲しいと要望がありました。そこで、ダイエーさんは「子ども寮」も作りました。現在は、村に近い所に学校が建設され、寮に入る子ども達が減ってきているそうです。寮に子ども達がいなくなることが最終目標ではないとダイエーさんは考えているようです。ダイエーさんの勉強熱心さとパワーのすごさに驚かされました。私たちは短い時間でしたが、子ども達と折り紙やボール遊び・よさこいなどの交流をし、昼食はカレーライスを作りました。

 
 

寮から車で山のローチョ村に移動し、村で栽培している農作地を見学したり栽培方法の説明を聞きました。夜は、村でのステイです。
住居は高床式になっている家もありますが、私たちがステイした家は平屋の家でした。トイレは家の外でもちろんタイ式です。この夜は、雨や風が強く不安な夜を過ごしましたが、翌日は雨も止み安心しました。夕方、雨のため私たちが持参した古着のバザーが翌朝に変更になりました。朝、バザーを開催する放送が村全体に流れたことによって多くの村民が買いに来てくれました。値札は夜に現地のお母さん達が付けてくれたのですが、なかなか売れないものもがありましたが、最後は値段を下げて販売したおかげて完売です。売り上げは、まとめてダイエーさんに託しました。

 

食事は以前は薪で調理していましたが、今はプロパンガスも普及し便利になってきたそうです。メニューは、主食の米は陸稲、そして野菜は村でとれたものを中心に用意していただきました。とても、おいしかったです。(あとでわかったのですが、日本人用に辛さは約10分の1くらいにおさえていたそうです。)

 

チェンマイの施設訪問は、今年は4ヶ所に訪問させてもらいました。「愛の家」「希望の家」「アーサー・パッタナーディック財」「バーンロムサイ」です。

 最初の、「愛の家」は、山岳民族の子どもや、聴覚障害、HIV感染孤児が暮らす施設です。愛の家の子供たちとの交流をしましたが、聴覚障害を持っている子や孤児もとても積極的で元気でした。「希望の家」はタイの山で保健指導していた、看護師で医療人類学者の大森絹子さんとタッサニーさんが作った山岳民族の子どもたちの施設です。ここでも、サッカーや折り紙をし、子どもたちがとてもなついてくれました。とても楽しく交流することができました。

 

続いて「バーンロムサイ」に訪問しました。ここは、日本人の名取美和さんが作ったHIV感染孤児のための施設です。寄付に頼らず、民芸品の販売や宿泊施設の経営で運営をすることを目指しています。名取さんが「自分のものさしを捨てて自分の目で見てください」とお話しされたのが印象的でした。

 

「アーサー・パッタナーディック財」はユニセフの支援で活動している施設です。市内にあるドロップインセンターは、ストリートチルドレンのためのシェルターです。彼らは、小さな子は花売り、やがて麻薬や売春、犯罪に手を染めていってしまいます。もとストリートチルドレンだったというスタッフは、ゲームで広場に子どもたちを集め、仲良くなったら、エイズや麻薬の正しい知識について教えるそうです。子どもたちはアクセサリーなどを作って販売します。3割が作った子に、3割が奨学金に4割が店の運営費になります。わずかでもきちんとした収入を得ることができます。翌日、ここの施設を卒業した方から話を伺うことができました。

私たちは、さまざまなバックグラウンドを持った子ども達と出会い、短い時間ではありましたが一緒に遊びました。子ども達の笑顔の背景にあるタイの社会が抱える問題、その問題に向き合いながら子ども達を支えようとしている多くの人たちの活動を目の当たりにし、日本のこと、そして自分自身のことを見つめ直すきっかけになったと思います。

 

チェンマイでは、象乗り体験もしました。象に乗ってのトレッキングはとても楽しかったです。象の皮膚のかたさや、どんな斜面でも安定して降りていく象の脚力に驚きました。また、象のショーの見学も楽しかったです。サッカーをする象や、鼻で持った筆で絵を描く象に、興奮しました。

 

次は、バンコクでのホームステイについてです。バンコクでは、王立のチットラダー校の生徒の自宅にホームステイをさせてもらいました。バンコクに着くと空港に、ホストファミリーが向かえに来たいました。4月に本校に来た生徒の家族もおり懐かしく思いました。ファミリーと一緒に寺院などの観光名所に行ったり、ショッピングを楽しんだり、大変お世話になりました。また、学校訪問の際に、タイの民族衣装を着ることができました。4泊5日の短い時間ではありましたが、密接な時間を過ごさせてもらいました。次に会う約束をしている生徒もおり、今回のことをきっかけにして、さらに深い関係を築ければ良いと思いました。

最後、世界遺産であるアユタヤ遺跡の見学です。顔が無い仏像が何体もあり、かつてタイがミャンマーと戦争していた時代の名残を感じることができました。

 14泊15日という期間はあっという間に感じたと思います。そして、その1日1日が濃厚であったことでしょう。振り返れば、希望書に自分の研究テーマをアピールし、その後の授業でテーマをより掘り下げて研究をしました。実際に現地では色々な人と出会い、色々な言葉をもらい、生活してきました。そして帰国後にテーマのまとめすることによって、あらためて発見することもあるでしょう。この海外研修が生徒達にとって将来役立つきっかけになっていれば良いと思います。見えたものは何だったのでしょうか。

 

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